読白

本やゲームなど趣味関係のことをつらつらと

「火の粉」(雫井脩介)

はじめまして、ぱいんと申します。

最近読書を趣味として始め、せっかくなので感想を発信したいと思いブログを開設しました。

 

 

では早速

火の粉 (幻冬舎文庫)

火の粉 (幻冬舎文庫)

 

 今回読んだ本は雫井脩介さんの作品「火の粉」。

 ざっくりあらすじ

過去にある殺人事件で無罪判決を下された男が当時の裁判官の家の隣に引っ越してきて、恩返しと言って過剰なほど裁判官一家に親切に振舞います。しかしそれと時期を同じくして家族の周りでは不可解な出来事が相次ぎ…

果たして男は本当に無罪だったのか?生まれる疑念と家庭内の亀裂、信じるべきは誰なのか…

不安と緊張で最後まで目が離せない作品です。

 

 内容について(ネタばれあり)

この本は文庫本の中では比較的ページ数が多いこともあり、なかなかに読み応えのある作品でした。

とりあえず全体を通して感じたのは、登場人物の心情や日常風景などが細かい部分までよく描写されているなあ、ということです。

子育てや介護で精神的にじわじわと追い詰められていく部分や、姑が遺言を伝える場面などは、私自身が経験したことがなくても自然と引き込まれ、知らず知らずのうちに感情移入してしまいました。姑が「尋恵さあん・・・」と呼ぶ度についついイライラしてしまったり笑。

巻末の参考文献にも、裁判や法律関係の文献だけでなく子育てや介護関係のものが記載されていることからも、作者自身がそういった本筋とは直接関係のない部分の描写も軽んじていないということが伺えます。

実際、そういった外堀の描写が細かくしてあることで、家庭内での亀裂の発生に説得力が生まれていると私は感じました。

 

また、終盤まで武内がシロかクロかわからないまま物語が進むのですが、雪見がクロだと疑っているのに対して夫の俊郎はシロだと信じ切っていて、車のトランクを調べられる絶好のチャンスも俊郎のせいで逃してしまうなど、読んでいて俊郎には本当にイライラさせられましたね笑。読者目線だと終盤にはほぼクロだと確信できているというのもあるとは思うのですが、まだ判断しかねている中盤でも、まだかじった程度の法律の知識を偉そうに披露したり、雪見の元カレの件では雪見を疑ってかかったり、彼を嫌いになる要素はいっぱいありましたしね。たとえ間違っていたとしても妻なんだからもうちょっと言い分に耳を傾けてやれよ…と思いました。

ただ最後の別荘で娘のまどかがバウムクーヘンを投げつけられたときに、即座に「何すんだっ!?」と立ち上がったり、身を挺して家族を逃がそうとしたり、最後の最後で株を上げてきて憎みきれなくなりモヤモヤした気持ちになりましたね笑。

 

あと、池本夫妻は2年前にも家族を殺され、今回も夫が殺されてしまうという救われない結果になったのは可哀想でした…。武内の危険性を熱弁しても逆に疑われてしまうなど、言っている内容が正しいかどうかよりも言っている人や言い方によって印象が大きく左右されてしまうというのがとてもリアルで、池本への同情を禁じえませんでした。

まあ池本夫人の初登場時などは不審極まりなかったですが笑。不自然なほど執拗にお茶に誘ってきたときは「おいおいなんだこいつやべえぞ」と思わずニヤけてしまいました。しかも雪見が誘いに乗ると「成功、成功。」って笑。

 

そして肝心の武内についてですが、この作品は武内の狂い具合をしっかりと書ききっている点が素晴らしいと感じました。この武内という人物はもちろん架空の人物なのですが、その人物像が作品全体を通してブレておらず、武内という狂人を見事に生み出しているのです。具体的に言うと、ひとつは後半武内が疑われているのを自覚した状態で武内の元担当弁護士が殺された(武内が殺した)シーンです。通常であれば自分が疑われているときにさらに殺人を重ねるなどしませんが、武内は「自分を裏切った人間は殺す(殺さずにはいられない)」という「芯」を持っているため、この一見合理的でない行動が武内の狂人然とした在り方を引き立てています。またこの「芯」は裏を返せば、裏切らない限りは殺さない、ということでもあり、別のシーンで尋恵が池本の死体を見つけたとき、口封じのために殺したりなどはせず大丈夫だと慰めさえします。

こうした狂った整合性が狂人武内を作り出しており、よくある、狂ったキャラを作ろうとしてキャラクターを行動のために動かしてしまいちぐはぐになってしまう、という失敗を犯していません。

私の個人的な印象では、物語の都合に合わせてキャラクターを動かしてしまう作品は意外と多く、「たしかにこのキャラクターならこう動くだろう」と納得できる書き方ができるのは貴重だと思いました。

 

読む前は裁判官の勲の葛藤などが中心で話が進んでいくのかと思っていましたが、どちらかというと女性陣中心で勲は空気でしたね。むしろ途中まではただのダメ親父的な印象でした。

結末については特に思うところは無いのですが、少し高野和明さんの「13階段」を思い出しました。勲が自分の過ちに自分で決着をつけるという意味で、落としどころとしては妥当なのではないでしょうか。

 

最後にまとめとしては、ボリュームはありますが全部で24の章に分かれているためちょっとずつ読み進める分にもおすすめできます。が、作者の筆力があるため先が気になってどんどん読んでしまうかもしれません。未読の方は一読の価値がある作品だと思います。

 

 

 …なんか思ったよりもかなり長くなってしまいました汗。感想を思いつくままにダラダラと垂れ流したので読みづらい部分も多かったかとは思いますが、稚拙な文章をここまで読んでいただきありがとうございました。

不定期更新ですがまた次回があればよろしくお願いします。